花見とは、国民的行事と言っても過言ではないくらいに、春の定番の楽しみと言えるもので、ご存知の通り、一般的には桜の木の下で花を見て楽しむことです。桜はたった2週間足らずしか咲くことができません。また、激しい雨や風ですぐ散ってしまうほど弱い花でもあり、タイミングがたいへん難しいとも言えます。

しかし、この開花期間の短さこそが、桜特有の美しさでもあり、人の命の儚さを表現する際に使われたり、花が散っていく様子はワビ・サビとして趣のあるものに受け取り、楽しむことができるのも日本特有ということができそうです。そして、この行事はかなり昔から日本で続いているもので、かつては、磯遊びなどと同じ意味合いを持ち、お花見をすると定められた節日があったようです。さらにさかのぼると、桜の木の下などで、今年も自分たちの村に来てもらえるようにと、山の神様を皆で迎えにいく行事でもあったようです。

このように、現在では春の一大行事ともなったお花見ですが、その起源は、奈良時代の貴族が行った行事だったと言われています。貴族たちは、この時期、中国から伝わった梅を鑑賞していました。そして、これが今は桜をめでる行事となったわけですが、梅から桜へと切り替わったのは平安時代のことです。

また、貴族だけの遊びではなく、後々この行事が庶民にも親しまれるようになったのは、豊臣秀吉が行った、大掛かりな吉野や醍醐寺の花見からだと言われています。こうして、桜という花が、そして花見という行事が、古くから多くの人に愛されていたという事実は、歴史的ないくつもの文献からも明らかです。多くの歌や詩、そして物語に桜や、桜を愛でることが登場しているのです。

しかし、古くから愛されてきた花見という行事は、多くの人が集うからこその課題と言えるものがあります。それは、花見というと、良く耳にする騒音やゴミなど、マナーの悪さや、それに伴う苦情の数々です。1年の短い期間だけ楽しめる貴重な時間です。しっかりとマナーを守り、皆が満足して幸せな気持ちになりたいものです。

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